ふみちゃんは天使になった

かなちゃんは、幼稚園の大きい組さんです。
来年の春、幼稚園を卒業して、小学生になります。
3年間、年少さんの頃からお世話になった幼稚園。いよいよ最後の1年間。
もうお姉さんなんだから、なんでも一人でできるんだ。
友達だって一杯いるんです。幼稚園は毎日、とっても楽しいんだよ!
      

そんなかなちゃんの一番のお友達は、と言えば?
なんといっても、それはふみかちゃん、ふみちゃんです!
年少さんの頃から、ずっとお友達。
好きな遊びは?「お人形遊び!」
おままごと遊びなら?「かなは赤ちゃん!」「ふみかはお母さん!」
二人は喧嘩をしたことがありません。
遊んでいるときも、お勉強をしているときも、何をやっても、二人なら、とってもうまくいくんです。
好きなものも、好きな遊びも、好きな場所も全部一緒。
「かなちゃんとふみちゃんは、ほんとに相性がいいのねぇ」
かなちゃんのママは、そういって、ニコニコ二人を眺めています。
     

そんな二人の年長組の日々は、楽しく、あっという間に過ぎていきました。
春が過ぎ、夏が過ぎ、みんなで、幼稚園のお庭で、一杯花火を上げて大騒ぎをしたころ、
かなちゃんには、ちょっと心配なことができました。
仲良しのふみちゃんが、病気になってしまったんです。
幼稚園に、あんまり来られなくなって、近くの病院に入院しちゃったんだって。
「ふみちゃんのお見舞いに、行ってあげようか。」
夏休みが終わったころ、ママが言い出して、かなちゃんは、ママの運転する車で、ふみちゃんが入院している病院に、お見舞いに行くことになりました。
     

かなちゃんを乗せた車は、近所を流れている大きな川の側の道を、ひたすら走っていきます。
「ふみちゃんの病院は、この川沿いにあるんだなぁ」
かなちゃんは、窓の外を眺めながら、考えました。
お見舞いには、ふみちゃんが大好きだった、スポンジで作ったケーキのおもちゃを、たくさん用意したんです。
まだまだとっても暑い外から、病院に入ると、なんだか空気がひんやりしました。
病院の廊下の奥に、ふみちゃんの病室がありました。
ふみちゃんの小さな体が、白いベッドの上で、いつもよりずっと小さく見えました。
細い腕に、針が刺さって、大きな注射のビンが下がっています。
     

「注射、痛くない?」かなちゃんは考えただけで、泣きそうになりました。
「痛かった」ふみちゃんは言いました。
「泣いちゃった?」かなちゃんは聞きました。
「ちょっとだけね。でももう泣かないよ」ふみちゃんは言いました。
「病院は嫌だよねぇ。早く幼稚園においでねぇ」かなちゃんが言うと、ふみちゃんはにっこりして、「でもね、この病室、ふみかはキライじゃないんだよ」といいました。
「どうして?」
「ほら、窓の外、見てみてよ」
かなちゃんが窓の外を眺めると、窓の外には、まだ熱気にゆらゆらと揺れる緑の山並みが見えました。
「山だねぇ」
「山の真ん中に、マリアさまがいるんだよ」
…マリアさま?本当だ。
山の緑の真ん中に、白い建物があって、その屋上に、大きなマリア様が立っているんです。
「ふみちゃんは、マリアさまが好きだもんねぇ」
幼稚園のお庭にも、マリア様がいます。
ふみちゃんはいつも、幼稚園の行き帰りに、マリア様をにこにこ見上げていたっけ。
マリア様はきれいねぇ。
マリア様は優しそうねぇ。
「夜になると、あのマリア様に明かりがあたって、とってもきれいなんだよ。」
ふみちゃんはにこにこ言いました。
「マリア様が見てるから、ふみちゃん、きっと元気になるよね」
「うん、運動会には、必ず行くからね。」
「約束だよ。」
二人で約束、指きりげんまんをしました。
かなちゃんとふみちゃんの幼稚園では、毎年クリスマスに、年長さんが、「聖劇」という出し物をやります。
キリスト様が生まれた夜のことを、年長さんたち全員でお芝居にするのです。
「ふみちゃんが元気になったら、きっとマリア様の役をやるんだな」
かなちゃんは、そんなことを考えました。
     

二人の約束。運動会にはきっと会おうねって、指きりげんまんしたんです。
でもね、ふみちゃんの病気は、とてもとても大変な病気でした。
頭の中に、悪いできものができて、だんだん、体が動かなくなってしまう病気。
悪いできものをやっつけるために、お医者さんも、ふみちゃんのパパもママも、一生懸命頑張りました。
なにより、ふみちゃんが一番がんばったんです。
痛い注射も我慢しました。
悪いできものに光をあてて、やっつけてもらう機械にもかかりました。
「かなちゃんと約束したんだもん。運動会には行くって、約束したんだもん。」
でもなかなか、頭の中の悪いできものは、小さくなってくれません。
それどころか、だんだん、ふみちゃんの体は動かなくなってきたんです。
一人で歩くことも、おしっこやうんこをするのも、不自由になってきました。
ふみちゃんのママが、言いました。
「ママがお世話してあげるから、病院から出て、おうちで治そうねぇ」
秋になって、ふみちゃんは、車椅子に乗って、おうちに帰ってきたんです。
     

この年の運動会は、何度もお流れになりました。
ずっと雨が続いて、なかなかいいお天気にならなかったんです。
かなちゃんのパパとママは、心配そうにお空を眺めていました。
かなちゃんも、心配でした。
「ふみちゃんは、ちゃんと運動会に来られるかなぁ。」
「約束守ってくれるかなぁ。」
でもね、かなちゃんもパパやママから聞いていました。
ふみちゃんの病気が重いこと。
一人で歩けなくなってしまったこと。だから、運動会のリレーには出場できないこと。
「ふみちゃんはとってもしんどいんだから、かなちゃんも、ふみちゃんのこと、できるだけ助けてあげようね。」かなちゃんのパパが言いました。
「でも、きっと、ふみちゃんは運動会に来るんだ。だって約束したんだもん!」
かなちゃんは、雨が降り続くお空を眺めながら、ずっとそんなことを考えていました。
     

待ちに待った運動会の日。
やっと晴れ渡った青空の下、かなちゃんとお友達の開会式のパレードも、とっても上手にできました。
かなちゃんのママが作ってくれたお弁当も、とっても美味しかったけど、かなちゃんはずっと、考えていました。
「ふみちゃんは来るかなぁ。大丈夫かなぁ。」
午前中の競技が全部終わっても、ふみちゃんは来ませんでした。
「やっぱり、ご病気が重かったのかなぁ。」
そんなことを考えながら、お弁当を食べているかなちゃんのところに、かなちゃんのパパがやってきて、言いました。
「ふみちゃんが来てるから、会ってきてあげなさい。」
ふみちゃんだ!
ふみちゃんのママが車椅子を押して、テントのところに立っているのが見えました。
車椅子の上に、ふみちゃんがいます!
来てくれた。約束守ってくれたんだ!
かなちゃんは、ふみちゃんの車椅子の所に、走っていきました。
「午前中はちょっと無理だったけど、みんなのリレーには間に合ったわよ。」ふみちゃんのママが言いました。
車椅子の上のふみちゃんは、にっこり笑ってくれました。
「約束、守ってくれたねぇ」
「でも、走るのは無理なんだ。だから、ふみかは、応援に回るよ。」
「みんな、一生懸命走るから、応援してね。」
かなちゃんだけじゃなくって、幼稚園のお友達みんなが、ふみちゃんの車椅子を取り囲みました。
「ふみちゃん、早く元気になってねぇ」
「みんなでお祈りしてるからねぇ」
ふみちゃんは嬉しそうに、何度もうなずいていました。
     

年長さんのリレーの順番が回ってきました。
かなちゃんのパパもママも、ビデオカメラを構えてスタンバイしています。
ふみちゃんは、車椅子の上で鉢巻をして、応援の旗を手に持っています。
「ふみちゃんが応援してるんだから、頑張らなきゃ」
かなちゃんは、座って順番を待ちながら、どきどき、そんなことを考えました。
     

かなちゃんのパパの撮ったビデオの中には、一生懸命走った、かなちゃんと、同級生のみんなと、そして誰よりも一生懸命、みんなを応援していた、ふみちゃんの姿が映っています。
車椅子の上で、ふみちゃんは、走っているみんなに向かって、ずっと旗を振り続けていました。
小さな赤い旗を、小さな不自由な手で、ずっと、ずっと。
     

例年になく寒い、その年の冬の、ある日のことでした。
「久しぶりに、ふみちゃんの顔を見にいってあげようよ」
かなちゃんのママが言い出して、幼稚園が終わってから、かなちゃんは、ふみちゃんのおうちに遊びにいったんです。
ふみちゃんは、ふみちゃんのお部屋で、ベッドに眠っていました。
かなちゃんが、「ふみちゃん」と声をかけると、少しだけ、目を動かしてくれました。
でも、それだけ。
もう、ふみちゃんは、しゃべることもできなくなっていたんです。
かなちゃんは、ふみちゃんの側で、遊ぶことにしました。
一人で遊んでいても、でも、側にはふみちゃんがいます。
なんだかそれだけで、かなちゃんは、とっても嬉しい気持ちがしました。
だまっていても、かなちゃんには、なんとなく、ふみちゃんが、心の中で言っている言葉が、分かる気がしたんです。
「かなちゃん、来てくれてありがとう。」
「なんだか、いろんなことが、うまくできなくなっちゃったんだよ。」
「大丈夫だよ。ふみちゃんの代わりに、かなが色々やってあげるよ。」かなちゃんは心でお返事します。
「お人形遊びもしてねぇ」
「うん。」
「おままごと遊びもねぇ」
「うん。」
「ふみかはねぇ、卒園のおまんじゅうが食べたいなぁ」
「卒園のおまんじゅう?」
「去年、年中さんの時に食べたでしょ?修了式のおまんじゅう」
ああ、あれか。赤いおまんじゅうと、白いおまんじゅうが一つずつ、二つセットで配られたんです。おまんじゅうの上には、幼稚園のマークがついています。赤いおまんじゅうはつぶあんで、白いおまんじゅうはこしあん。
「かなはねぇ、こしあんがすき。」
「ふみかはねぇ、つぶあんがすき。」
ふたりは心の中で、顔を見合わせて、にっこりしたんです。
「卒園のおまんじゅう、ふたりで食べようねぇ。」
「お約束だよ」
「約束、げんまんねぇ」
     

それから、1ヶ月ほどたった、ある週末。
かなちゃんは家族でお出かけでした。お帰りは夜、ずいぶん遅くなりました。
さあ、早くベッドに入ろう、と、3人でご準備をして、パジャマに着替えたかなちゃんに、かなちゃんのパパが言いました。
「かなこ、そこにちょっと座りなさい。大事な話があるから。」
かなちゃんは、畳のお部屋に座りました。パパは、真面目な顔をして、かなちゃんのお顔を見つめていました。
「ふみちゃんがね、ついさっき、天国に行きました。」
「ふみちゃんのママから、電話があったのよ」
ママも、パパも、目の中に涙を一杯溜めていました。
「一生懸命、元気になろうって、頑張ったけど、ご病気が重くて、しんどくてね。マリア様が、もう、ふみちゃん、いいよ、一生懸命頑張ったから、もういいよって、天国に呼んでくださったんだって。」
かなちゃんは、こっくりうなずきました。そうか。もうふみちゃんと、お話はできないんだなぁ。一緒に遊ぶこともできないんだなぁ。ふみちゃんは、マリア様のところに行ったんだ。
「明日、ママと、ふみちゃんに会いに行ってあげてね。お葬式には、パパも行くから。」
    

翌日は、本当に寒い日でした。
かなちゃんの吐く息が、真っ白になりました。
ふみちゃんのいる天国では、こんなに寒い日もないんだろうなぁ。
ふみちゃんのおうちには、幼稚園のお友達が、何人か、来ていました。
ふみちゃんは、たくさんの人に囲まれて、小さな布団で眠っていました。
ふみちゃんの、ママも、パパも、目を真っ赤にしていました。
かなちゃんの、ママも、泣いていました。
かなちゃんは、泣きませんでした。
ふみちゃんの寝顔は、とっても安らかで、なんだか、にこにこしているみたいでした。
かなちゃんは、ふみちゃんのほっぺに触ってみました。
「冷たいなぁ。」
ふみちゃんのほっぺは、かなちゃんのほっぺみたいに、ぷくぷくして、柔らかくって、とっても温かかったのに。
かなちゃんは、ふみちゃんの冷たいほっぺを、ずっとずっと、撫ぜ続けていました。
    

ふみちゃんは、マリアさまのところに行ったんだ。
マリア様のところって、あの、病院から見えていた場所かなぁ。
ここから、ずっと遠いのかなぁ。
自転車で行くと、どれくらいかなぁ。
川沿いを車で、ずいぶん走ったもんなぁ。
そんなことを、考えていたかなちゃんの頭に、突然、すごくいい考えが浮かびました。
そうだ、卒園式のおまんじゅうをもらったら、ふみちゃんと二人で食べなきゃいけない。
ふみちゃんのところにもっていってあげよう。
マリア様のところに行けば、ふみちゃんに会えるんだ。
マリア様のところに、卒園式のお饅頭を、もっていってあげないと!
    

それがどんなに大変な考えだったか、まだ6歳のかなちゃんには、よく分かっていなかったんです。
かなちゃんのおうちから、ふみちゃんが入院していた病院までは、車で30分もかかります。
自転車だとどれだけかかることか。
それに、病院から見えるマリア様のところに行っても、ふみちゃんに会えるわけはありません。
ふみちゃんが行った天国というところは、ずっとずっと天の高いところにあって、かなちゃんが自転車でいけるようなところじゃないんです。
でも、かなちゃんは、ふみちゃんと約束したんです。
卒園式のおまんじゅうを、一緒に食べるんだ。
ふみちゃんと、そう約束したんだ。
かなちゃんは、どうやって、ふみちゃんの病院までおまんじゅうを運ぶか、そのことばっかり考え始めました。
卒園式が、近づいておりました。
    

卒園式の日、かなちゃんが、幼稚園で、制服を着る最後の日です。
卒園式の会場のホールの隅、マリア様の像の下に、ふみちゃんの写真がありました。
かなちゃんのパパが、感謝の言葉を読みました。かなちゃんのパパも、ふみちゃんに、ありがとうを言いました。
卒園記念のおまんじゅうは、ママが預かって、ママのバッグに入れました。
園庭で、先生と記念写真を撮って、かなちゃんは、お友達と砂遊びをして遊びました。
ちょっと風が強かったけど、お天気がよくて、いいお式だったね、と、ママやパパは言いました。
卒園式が終り、かなちゃんのパパとママがおうちに帰って、3人でお昼ご飯を食べて、しばらくした時でした。
「あれ、かなはどこに行ったの?」かなちゃんのママが言いました。
「さっき着替えてたけど?」かなちゃんのパパが言いました。
二人はおうちの中を探しました。でも、かなちゃんはどこにもいません。
おうちの外に出てみました。
玄関先の、かなちゃんの自転車がなくなっていました。
かなちゃんのパパとママは、慌てて近所を探し回りました。
でも、かなちゃんは、どこにもいませんでした。
    

かなちゃんのママとパパが、かなちゃんを探して走り回っている頃。
かなちゃんは、自転車で、川沿いの土手の道を走っていました。
自転車の前のかごには、卒園の紅白まんじゅうが入っています。
ふみちゃんのいる、マリアさまのところに、おまんじゅうを持っていくのです。
ふみちゃんと、一緒に食べるって、約束したんですから。
でも、かなちゃん、どうして、ママやパパにだまって出てきちゃったんでしょう。
いつもなら、ママや、パパに、こんな隠し事なんかしないのに。
ふみちゃんと、二人だけの約束だもん。
なぜか、かなちゃんはそう考えていました。
ママや、パパに言っちゃだめなことなんだ。だまって、かなが一人でやらなきゃいけない、とってもとっても大切なことなんだ。
ふみちゃんと、心の中で、約束したことなんだから。
川沿いの土手の道は、かなちゃんが、パパとよく、自転車のお稽古した道です。
この道の側を、ママの車はずっと、ふみちゃんの病院まで走っていったんです。
大丈夫、かなちゃんは、自転車をとっても上手に漕げるんだから!
自転車が倒れたりしても大丈夫なように、ちゃんと、ヘルメットもかぶっています。
大丈夫、もうすぐ、小学生になるんだから!
かなちゃんは、一生懸命、ペダルを踏んだんです。
    

かなちゃんのママとパパは、もう半分気が狂ったようになって、かなちゃんを探しました。
街はどんどん暗くなり、空が夕焼けに染まっても、かなちゃんは見つかりません。
悪い人に連れて行かれたのかもしれない。
どこかで、大変な事故に巻き込まれたのかも…
かなちゃんのママは、もう涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、心の中で叫んだんです。
「ふみちゃん、かなこを守ってあげて!」
    

かなちゃんは、さすがにしんどくなってきました。
街はだんだん暗くなり、足は疲れて、自転車もふらふら揺れています。
なんだか、涙がこみ上げてきそうです。
でも泣きません。だって、ふみちゃんだって、あんなに痛い注射を我慢したんだもの。
もう一息、もう少し、この道を行けば、マリア様のところに行けるんだ。
思い切って、痛くなってきたお尻を上げて、えいっとペダルを踏んだときでした。
自転車がぐらっと揺れて、後ろから、明るい光が急に大きくなって、かなちゃんの周りで、なにもかもが、ぐるん、と一回転した、と思うと、ものすごい大きな、がちゃーん!という音がしました。
かなちゃんの周りが、真っ暗になって、そしてしばらく、しん、としました。
    

気が付いたとき、かなちゃんは、なんだかふわふわしたものの上に寝ていました。
まわりは、ぼおっと明るくて、とっても懐かしい感じがします。
昔々、赤ん坊だったころ、こんな場所にいたような気持ちがします。
「ここ、どこなのかなぁ?」
そうかなちゃんが考えたときでした。
「マリアさまのところだよ」
心の中で、声がしました。そうです。ふみちゃんの声です!
「かなちゃん、ふみかのところに、卒園のおまんじゅう、もって来てくれたのねぇ」
「ふみちゃん!」
かなちゃんが叫ぶと、ふみちゃんがいつのまにか、かなちゃんのそばに立っていました。
にこにこ、笑っています。
車椅子にも乗っていません。
ちゃんと、自分の足で立って、かなちゃんの方に向かって、歩いてくるんです。
「ふみちゃん、元気になったんだねぇ」
「マリア様のそばにいるから、ご病気なんかすっかりいいんだよ」
二人は手をとりあって、ぴょんぴょん飛び跳ねました。
ぴょんぴょん飛び跳ねて、抱き合って、ふたりとも笑い転げながら、ひっくり返ってしまいました。
二人の足元で、ふわふわした地面が、柔らかく二人を受け止めます。
「ここは本当に気持ちがいいねぇ」
「そうだ、卒園のおまんじゅうを食べよう!」
かなちゃんは、そばにあった自転車のかごから、卒園のおまんじゅうを取ってきました。
箱をあけると、うわあ、おいしそうなおまんじゅう。
「赤いのが、つぶあんね。白いのが、こしあんね。」
「かなちゃんは、こしあんよね」
「ふみちゃんは、つぶあんよね」
二人、顔を見合わせて、にっこり。
おまんじゅうを、ぱくり、と食べました。
「おいしいねぇ」
「ふわふわ、あまくて、やわらかくって、おいしいねぇ」
「ママのおっぱいみたいねぇ」かなちゃんは、言ってから、ちょっと、しまった、と思いました。もう小学生になるのに、子供みたいなこと言っちゃった。
でも、ふみちゃんは笑いません。にこにこしながら、こう言いました。
「ふみかも、おんなじこと考えたよ!」
    

ふみかはね、マリア様のそばにいるんだよ。
でも、かなちゃんのそばにもいるんだ。
かなちゃんが思うこと、考えること、全部、ふみかも、感じるんだよ。
かなちゃんが、悲しいと、ふみかも悲しい。
かなちゃんが、嬉しいと、ふみかも嬉しい。
かなちゃんが、おいしいと、ふみかもおいしい。
かなちゃんが、痛いと、ふみかも痛い!
    

二人して、けらけら笑いました。不思議だねぇ。魔法みたいだねぇ。
    

だからね、かなちゃん、痛いなぁ、とか、しんどいなぁ、とか、悲しいなぁ、とか思って、元気が足りなくなっちゃった、と思ったら、ふみかのことを、考えてね。
ふみかはすぐに、かなちゃんのそばにいって、元気、元気をあげるからね!
    

「お約束だよ」
「お約束だよ」
「指きりげんまん」
「指きりげんまん!」
ふみちゃんは、ポケットの中から、白い毛糸のきれっぱしを出して、かなちゃんの小指にまきつけてくれました。
「お約束の、しるしだよ!」
「絶対ぜったい、お約束だよ!!」
ふみちゃんが手を振っています。白いお洋服の女の人の手を、ふみちゃんが握っているのが見えます。二人が遠ざかっていくのを、かなちゃんは、いつまでもいつまでも見送っていました。
    

…遠くで、誰かの泣く声がします。
悲しいときには、ふみちゃんのことを考えればいいんだよ。
泣いている人に教えてあげなきゃあ。
そうしたら、ふみちゃんが、元気、元気をくれるんだから。
    

「急に目の前で、自転車が倒れて、避けきれなかったんだって。」パパの声がします。
「本当なら、もっと大きな怪我だったろうって、警察の人が言ってたよ。よくかすり傷だけで助かったものだって。」
「相手はバイクだったんだもんねぇ」ママが涙声で言っています。
「きっと、ふみちゃんが守ってくれたのねぇ」
かなちゃんの手を、ママが握ってくれました。ママの手のひら、あったかいなぁ。
「この子、毛糸なんか小指に巻いて…どうしたのかしら」ママがぽつり、と呟きました。
それはね、ふみちゃんと、かなちゃんのお約束。だから、パパにもママにも内緒だよ。
病院のベッドで、かなちゃんはまた、とろとろと眠りについたのです。
    

これが、ふみちゃんとかなちゃんのお話です。
このお話には、一つだけ、続きの話があります。
かなちゃんはすぐ元気になりました。
でもあの日、どうして自転車で出かけたのか、
卒園のおまんじゅうは、どこにやってしまったのか、
かなちゃんは、パパにも、ママにも、喋ろうとしませんでした。
でも、かなちゃんのパパも、ママも、何があったのか、なんとなく知っているんです。
なぜってね、ふみちゃんのママが、こんなことを教えてくれたから。
ふみちゃんのお仏壇に、幼稚園が下さった、ふみちゃんのための、卒園のおまんじゅうがお供えしてあったんです。
ある日、ふみちゃんのママが、そのおまんじゅうを見てみたら、
小さな歯型が、ふたつのお饅頭に、一つずつ、きれいについていたんだって。
「きっと、ふみかとかなちゃんが、仲良く一緒に食べたんだと思う」って、
ふみちゃんのママは教えてくれました。
    

かなちゃんは今日も元気です。
なぜって、いつだって、そばにふみちゃんがいるから。
悲しいときも辛いときも、ふみちゃんのことを考えれば、
元気、元気が湧いてくるんです。
だから、かなちゃんは、いつだって元気。
二人して、一緒におまんじゅうを食べたんだからね。
    

(おしまい)