オリジナルオペレッタ「昭和ローマンス『扉の歌』その4  第三幕〜エピローグ

第三幕(東北の山中):
 
間奏曲。東北の秘宝のありかへと分け入っていく不安な行軍。平田を先頭に、真美子、野口男爵、源一郎、そして明子が連行されていく。
 
舞台前面に、黒田子爵登場。間奏曲を伴奏に、以下のセリフを語りだす。
 
黒田子爵:2年ほど前、東北の寒村に入った民俗学者が、村の神社の蔵の中から、ある古文書を見つけ出した。まぁ物部文書の類かと、さほど重要視してはいなかったが、そこに書かれた物部の隠し金山の文章に、帝国陸軍が目をつけた。
大化の改新前夜、蘇我氏との政争に敗れた物部氏は、東北に逃れ、彼の地の蝦夷と通じ合い、アラハバキの神を奉じながら、鉱山の開発にいそしみ、東北に巨大な黄金の都を築いた。藤原三代の栄華と共に、その文明は滅んでしまったが、現代文明も図りえないほどの高度な技術で、彼らはその豊かな富を、とある場所へと秘匿した。そしてその場所の地図が、その古文書に隠されているのを、軍部の諜報部が解読したのだ。
国際連盟主導による軍縮条約の批准が続き、軍部はいまや焦っている。大陸の利権を守るために前線をむしろ拡大しようと、後方支援の資金集めにやっきになっているのが今の陸軍。どんな眉唾な情報でも目の色を変えてしゃぶりつく。しかもこの件、裏付ける情報がいくつも重なった。一つは東北の山中で、古文書に書かれた財宝の隠し場所の扉が実際に発見されたという事実。しかもその扉というのが、一体どういう構造なのか、どんな爆薬も受け付けない。開く方法が見つからない。そこへ加えて出てきた情報が、あの若者が雑誌に書いた、「扉の歌」の文章だった。
 
舞台上の行軍は最終段階に。険しい山を登る人々の姿が見える。
 
黒田子爵:今、「扉の歌」の歌い手は、帝国陸軍の手中にあり、野口男爵も捕縛され、東北山中へと姿を消した。このまま平田少佐たちが伝説の財宝を手に入れることになるならば、この大日本帝国は一体どこへ進むのか…
 
暗転し、間奏曲が終わる。
 
幕が開くと、そこは東北のある森林の奥。うっそうとした森の中央に、巨大な岩が露出している。
 
平田:(意気揚々と登場)こっちに連れて来い!
 
真美子、野口男爵、源一郎、明子を連行し、軍人達登場。
 
平田:見るがいい、これが「扉」だ!(巨大な岩を指差す)
源一郎:物部の財宝とはね。
野口男爵:今の軍部は狂ってる。
平田:さぁ、歌姫よ、歌うがいい!お前の家に伝わった「扉の歌」をこの前で!
真美子:歌ってやってもいいけれど、それで私に一体全体どんな見返りがあるんだい?
平田:見返りときたか。このあばずれめ、お前の周りを見るがいい。
 
軍人たちが銃を構える。
 
平田:お前は自分の置かれた立場をちゃんと分かって言ってるか?見返りなんぞと口にする前に、自分の命の心配がお前に一番大事なことだ。
真美子:「扉の歌」を歌えるのは、この世で私一人だよ。いくら銃で脅されたって、私を殺せば「扉の歌」は、もう二度と誰にも歌えない。あんたもそういう自分の立場、じっくり考えたらどうなんだい?
平田:こりゃあ大したあばずれだ。帝国陸軍諜報部相手に、取引しようって算段か。それならこちらも考えがある。おい、その女を引っ立てろ。
 
軍人の一人、明子を引っ立ててくる。
 
真美子:ちょっと、あんたら何するつもり!?
平田:その女の腕を切れ!
 
飛び出そうとする源一郎、銃尻に殴られて倒れる。軍人が軍刀を抜き、別の一人が明子の腕を無理やりに刀の下に差し出す。
 
真美子:やめて、やめて!
平田:どうだ、歌う気が出てきたか?これが取引というものさ。(大笑)
 
真美子、自分の敗北を認め、うなだれるが、きっと平田をにらみつける。
 
真美子:分かった、じゃあ歌ってやろう。だけど最後に一つだけ、この願いだけは聞いとくれ。
平田:女を放せ。
 
軍人たち、明子を放す。気を失いかける明子を、支える野口男爵と源一郎。
 
平田:どんな願いか、言ってみろ。
真美子:野口男爵と話がしたい。願いはただそれだけさ。
平田:(一瞬考えるが、何もできるわけはないと冷笑し)よかろう、3分だけやろう。
 
軍人が野口男爵を真美子のもとに引き立てる。手縄はそのままに、二人から離れる。
 
野口男爵:歌ってはいけない。
真美子:歌うしかない。そうしなければ、皆殺される。あの軍人野郎は狂ってる。
野口男爵:すまない。こんなことに君を巻き込みたくはなかったのに。
真美子:あんな狂った軍人たちから、私を守ろうとしたんだね。それで嘘をついたんだ。
野口男爵:いや、半分はカネのため。オレは君が思うほど、いい男じゃあないんだよ。
真美子:それじゃあ後の半分は?
野口男爵:君の瞳に魅せられた。君の夢見る嘘の世界で、オレも一緒に暮らしたかった。
 
一つだけ君に伝えたいことは
私が君に与えられるもののうち
最も華やかで心やすらぐ素晴らしいものだけを
君に与えたい、そのことだけ。

 
二人:
夢の世界で 二人踊れば
輝かしい未来が、天に輝く
それが刹那の夢の輝きでも
私たちは見る二人の新しい未来を…

 
真美子:これから、「扉の歌」を歌います。その後、あの軍人たちが扉の奥に入ったら、私は家に代々伝わる「埋めの歌」を歌うでしょう。
野口男爵:「埋めの歌」?
真美子:全てを闇に葬る歌。開いた扉を閉ざす歌。「扉の歌」と一対に、宝の場所を永遠に封じ込める呪文です。何が起こるかわかりませんが、その時、皆で逃げましょう。
野口男爵:承知した。
平田:3分だ!さあ、「扉の歌」を!
 
真美子、きっと平田をにらむ。平田、一瞬たじろぐ。真美子、朗々と歌いだす。
 
嬉しきかなや いざ行かん
嬉しきかなや いざ行かん
ぬばたまの 闇の山路を
あしびきの 山より出ずる
極楽の浄土の道を いざ行かん
あかねさす 夕日輝く 木の下に
黄金の扉 押し開き
極楽浄土へいざ行かん

 
歌の最後の一節が終わると同時に、「扉の岩」が鳴動する。鳴動は次第に大きくなり、「扉の岩」は大音響とともに、真っ二つに割れて左右に開く。その奥から、黄金の光が差してくるのが見える。
 
平田:開いた。「扉の岩」が。
源一郎:まさか、本当に物部の?
平田:行くぞ!
 
軍人達、一斉に岩の奥へ殺到する。
 
平田:待て、その歌姫も一緒にだ!何をやるか分からんからな!
野口男爵:真美子!
真美子:大丈夫、私を信じて!
 
真美子を連行し、平田たち、岩の奥へとなだれ込む。軍人達の歓喜の声が聞こえる。しばしの沈黙のあと、細く遠く、真美子の歌が聞こえてくる。
 
哀しきかなや いざさらば
哀しきかなや いざさらば
あらたまの 長き年月
うつせみの 浮世を越えて

 
野口男爵:真美子、ダメだ、今歌ったら!
 
大地が揺れる。岩が鳴動する。
 
明子:あれはひょっとして…「埋めの歌」?
源一郎:なんだ、「埋めの歌」って?
明子:真美子が以前教えてくれた。全ての扉を閉ざす歌。全てを闇に葬る歌!
源一郎:真美子!
 
真美子の声は続いている。
 
極楽の浄土の国へ いざさらば
あかねさす 夕日の落つる 海原に
ぬばたまの闇 押し広げ
極楽浄土へいざさらば

 
大地が鳴動し、岩が閉じていく。岩の奥から、悲鳴が聞こえる。
 
源一郎:岩が閉じる!
野口男爵:君たちは逃げろ!
明子:だけど、真美子は?
 
銃声が鳴り響き、さらに銃声が続く。野口男爵、閉じかけた岩へ駆け寄る。
 
源一郎:男爵!
野口男爵:来るな!ここから先は極楽浄土、オレと真美子の暮らす夢の世界だ!
 
野口男爵、岩の間に飛び込む。駆け寄ろうとする明子を押し留め、源一郎は明子を引きずってその場を逃げ出す。カタストロフの音楽の中、大音響とともに、「扉の岩」が崩れ落ちる。
 
暗転
 
エピローグ(カフェ「モンマルトル」):
 
カフェ「モンマルトル」である。腕に包帯を巻いた源一郎。頭に絆創膏を貼った明子、寄りそっている。卓郎も隆二もいる。全員押し黙っている。
 
遠くから、鈴の音がする。全員がゆっくり顔を上げる。しゃんしゃんしゃん、と澄んだ音。その場の全員の表情が、ゆっくりと明るくなっていく。
 
明子:あれは、あの音は!?
 
旅支度の真美子、野口男爵、店の入り口から登場。真美子、真っ直ぐに明子に抱きつく。
 
明子:真美子、真美子、生きてたの!?
真美子:この私がなんで死ぬもんか!あんたたちもなんとか無事に、あの山奥から戻れたんだねぇ。
卓郎:なんで今まで一言も音沙汰なしでいたんだよ!
野口男爵:軍部の監視が厳しくて、しばらく地下でほとぼりを冷ましていたのが真相さ。心配かけて悪かった。
隆二:しかし一体どうやって、穴の中から脱出したのさ?
真美子:宝の穴の天井が私の歌に崩れ落ち、もうこれまでと思った時に、私をかばったこの人の背中の上に扉の岩が落ち込んで、その下の小さな隙間に、二人すっぽり入り込んだの。
野口男爵:扉の岩が我々をあの崩落から守ってくれた。
卓郎:それじゃああの平田少佐は?
野口男爵:黄金の宝と心中さ。
 
黒田子爵:(登場しつつ)さあ、二人とも、出発の時間が間近に迫ったぞ。
隆二:出発だって?
野口男爵:オレも優等生じゃない。命をかけた冒険の見返りを少しいただきたいと、扉の岩の下にあった、こいつを一つ、いただいたのさ。(と、懐から、黄金色の首飾りを取り出す。)
黒田子爵:物部の黄金の財宝だ。国宝級の宝だよ。私がそれを買い取った。そして二人は満州へ。(首飾りを受け取り、切符を野口男爵に渡す)
全員:満州へ!?
真美子:そう、二人で満州へ!私の夢の父上がはかなくツンドラの大地の下に冷たく凍っている土地へ!
卓郎:それは真美子の夢の話だ。
野口男爵:そして我々二人には、まさしく夢の世界での人生こそがふさわしい!
真美子:源ちゃん!
 
源一郎、泣き笑いの表情で立ち上がる。真美子、源一郎にすがりつく。
 
真美子:私は自分の夢に生きるの。夢を見続けていたならば、その夢の底に今度こそ、真実の人を見つけたの。
源一郎:そうさ、お前は夢の女。オレの夢の女だよ。
真美子:あんたには明子がおにあいさ。浮き草みたいな歌姫にひっかかってちゃいけないよ。(全員に)さぁ、旅立ちの時間が来たよ。これが歌姫沢渡真美子の、内地最後のステージさ!
 
雪に埋もれた国境の
街角照らすガス灯に
夜も知らずに煌々と
笑いさざめく人の群れ
 
さぁ踊ろう、コサックの踊り
体の芯まで燃やすよな ウォッカあおって一晩中
膝がしびれてぶっ倒れるまで ツンドラの大地踏み鳴らし
 
 
音楽がやみ、暗転。舞台中央に、黒田子爵が残る。
 
黒田子爵:二人が向かった大陸のツンドラの大地は凍てついて、この大日本帝国にばら色の未来も期待はできぬ。それでも二人の希望は消えず、きっと遠い異国の土地で、自分の命の炎をば、明るく激しく燃やすだろう。
 
全員の合唱の声がする。
 
さぁ踊ろう、コサックの踊り
体の芯まで燃やすよな ウォッカあおって一晩中
膝がしびれてぶっ倒れるまで ツンドラの大地踏み鳴らし