女は全てこうしたもの


私はブルネットの方を選ぶわ。とっても洒落てて素敵。
じゃ、私はブロンドの方ね。なんだか笑っちゃいそう。
 ~モーツァルト作曲「コシ・ファン・トゥッテ」より~
  
  
私時々思うの。
あなたのあの一言が、私の一生を決めたんだって。
あなたにとっては、ちょっとしたいたずら心だったんでしょ?
あなたはいつもそうだった。
クラスのみんなを、ちょっと離れたところから、なんだか冷めた目で見ていた。
あの頃は分からなかったけど、今なら分かる。
あなたが、なんで、パック役になったか。
クラスで、「夏の夜の夢」をやろうって言った時。
一番最初に決まったのが、あなたの配役だったよね。
ていうか、そもそも、「夏の夜の夢」をやろうってアイデア自体、あなたが言いだしっぺだったよね。
違ったっけ?そうでしょ?
あなたが舞台を整えた。
そしてあなたは、私に囁いた。
ねぇ、ディミートリアスをやってみたら?って。
 
覚えてないって?嘘つかないの。
ほら、笑ってるじゃない。ちゃんと覚えているんでしょう?
クラスのみんなが、配役表を見て、びっくりしてたのを覚えてる。
あなたは笑っていて、更紗はほほ笑んでいた。
私に言う前に、あなたは更紗への根回しを終えていた。
楽しんでいたんだよね。
何が起こるか、わくわくしながら見てたんでしょう?
そして私たちは壊れた。あなたの思惑通りに。
あなたの冷めた視線が見通していた通りに。
そう、女の恋心なんて、結局全てそうしたもの。
 
私はあの頃、更紗に夢中だったし、更紗も私を受け入れてくれてた。
私は更紗が好きだった。
女子高の中の、女同志の疑似恋愛、なんて段階を超えて、
私は更紗を、肉の欲望の相手として見ていた。
更紗を見るだけでドキドキした。
更紗が、私の告白を受け止めてくれて、
その上、私の欲望まで引き受けてくれて、
私はあの頃、幸福の絶頂にいた。
あなたは知ってたんでしょう?
部活の後、私たちがこっそり、体育館の隅っこのトイレの中で何してたか。
私、今でも覚えてる。
体中を熱くして、そっと二人の秘密の場所から出てきた私たちを、
どこからか見つめる視線を感じた時のこと。
はっとして振り返った時、ちらりと見えた後姿。
ショートカットのあなたの後ろ頭。見間違えるはずもない。
あなたはあれから用心深く、自分の姿を隠していたけど、
私は時々感じていた。私と更紗を見つめている視線。
 
そう、あなたが見つめていたのは、私たちだけじゃなかった。
あなたは、クラスのみんなから、少し離れたところで、
みんなの心を、まるでビー玉みたいに、自分の掌の上に乗せてみては、
あっちに転がしてみたり、こっちをぶつけてみたり、
色々もてあそんで楽しんでいた。
自分の仕掛けた罠にはまっているクラスメートたちを、
皮肉な視線で見つめていた。
 
違うって?どうだかわかったもんじゃない。
それでも、みんながあなたのことを好きだった。
あなたはいつも無邪気に笑っていたから。
あなたのいたずらには邪気がない。
だからみんな、あなたを愛していた。
だからあなたは、パックになれた。
あなたの提案に、みんなが耳を傾けた。
そしてあなたはそれを利用した。
 
ディミートリアスをやってみない?
だってつまらないじゃない、更紗と黒沢がカップルじゃ。
そのまんまじゃない。
本当のカップルじゃない、別のカップルが出来上がるから、「夏の夜の夢」なんだよ。
人の心の脆さ、妖精の薬の一たらしでころりと変わってしまう節操のなさ。
それがこのお芝居のテーマなんだから。
更紗がハーミアで、椎名がライサンダー。
黒沢はディミートリアスで、幹江がヘレナ。
それがベストキャストだよ。
更紗にも話はしたんだよ。更紗も言ってた。
ディミートリアスが熱っぽく、ハーミアを口説くセリフがいいって。
ライサンダーに恋焦がれるハーミアを、それでも愛してしまったと。
そして手のひらを返したように、ヘレナに向かって並べたてるディミートリアスの、
歯の浮くような愛のセリフも好きだって。
 
私はあなたを信じなかったよ。当たり前じゃん。
ちゃんと更紗に確かめたよ。
そして更紗は確かに言った。あの頃私を惹きつけてやまなかった、ちょっとサディスティックな微笑みで。
私を求めて、と囁いた。
決してあなたのものにならない私を、必死に求めるあなたのセリフを聞きたいの。
幹江を口説いて、と囁いた。
妖精の薬で、別の女を熱く口説くあなたの姿が見たいの。
私はあなたのものにはならない。あなたは、ヘレナを好きになるのよ。
ハーミアとは決して結ばれないの。それがあなたの運命。
 
更紗の言葉は、まだ柔らかかった私の心を、鷹の爪のように引き裂いた。
でも、逆らえなかった。
更紗のことが好きだったから。
更紗が欲しかったから。
更紗の体温を感じるだけで、幸せだったから。
そんなに好きな人を好きだと言い続けていて、でも結局、他の女と結ばれる。
そんな役柄が、私のマゾヒスティックな渇望を助長したかもしれない。
いずれにせよ、あの時のあなたの一言で、配役は決まった。
椎名がライサンダー、更紗がハーミア。相思相愛の二人。
そして私は、ハーミアに横恋慕するディミートリアス。幹江が、ディミートリアスに焦がれるヘレナ。
 
劇の練習が始まってから、更紗の中に、
もっと残酷な気持ちが潜んでいることに、私は気付いた。
ライサンダーに向けて投げかけるハーミアの愛のセリフは、
必要以上に熱がこもっていた。
更紗は私に見せつけていた。
椎名に向けてなげかける愛の言葉を、私の耳に届くように、楽しそうに語っていた。
椎名のファンの下級生が、放課後の教室の外で羨望に狂った目で更紗を眺めている。
そんな視線は一切無視して、更紗は私にだけ、自分の椎名への親密さを見せつけていた。
 
椎名は、私と同じバスケ部のシューティングガードで、みんなの憧れ。
すらっと伸びた手足と、ショートカットの小さな頭に、整った顔立ち。
でも、決して冷たい美人じゃなくて、いつも温かな、人懐っこい笑顔で微笑んでいる。
ポイントガードの私の後ろで、なんだか脱力した感じでぼおっと立っている椎名が、
突然獲物に向かって急降下する鷹のように、
ゴールポストに突進する。
椎名の気配を読んだ私のブラインドパスを受けて、見事に長距離シュートを決める。
うちのクラスの、いいえ、学校のみんなのアイドル。
 
ライサンダー:まことの恋がおだやかに実を結んだためしはない。たいてい、身分が違っているとか・・・
ハーミア:そんな!身分が高すぎるからといって、低い者を好きになれないなどと。
ライサンダー:年が違いすぎるとか・・・
ハーミア:そんな辛いことが!年をとりすぎて、若い人には合わないなどと。
ライサンダー:さもなければ、友達の選択を押しつけられたり・・・
ハーミア:我慢できない!他人の目で恋人を選ぶなどと!
 
 
文学少女で、ふわふわの髪と、柔らかそうなほっぺの小柄な更紗と、
長身の椎名のカップルは、
少女マンガから抜け出てきたみたいにお似合いだった。
リズミカルなセリフのキャッチボールの中で、
更紗は椎名を熱っぽく見つめて、
椎名はなんだか戸惑ったように、その視線に応えていた。
劇の練習が終わっても、更紗は椎名にしなだれついて、
私を横眼でみながら、ちょっと淫乱な微笑みを唇の端に浮かべたりした。
椎名はああ見えて、完全にノンケだったし、
私に言い訳しにきたこともあったんだよ。
安心しなよって。私は男が好きだし、彼氏もいるからって。
更紗は黒沢をからかってるだけだ、ほんとは黒沢が大好きで、
だから、黒沢が妬いているのを見て、楽しんでるだけなんだよって。
 
ほんとにいいやつ。椎名。
でも、そこまで見えてる椎名にも、あなたの本当の意図は見えてなかった。
あなたは私を試していた。
私と、幹江を試していた。
 
あなたには全てが見えていた。
本当は、更紗もノンケだってこと。
私があんまり更紗に夢中で、
更紗も、なんとなくその気になっちゃったけど、
私と更紗は長続きしないって。
誰かがきっかけを与えれば、すぐに壊れる二人だって。
 
おまけにあなたは、幹江がどれだけ本気で、椎名のことが好きかも見えていた。
思い込みの激しい幹江。
些細なことでも、すぐに自分を責めて、だからものすごく臆病で、
何一つ自分から進んでできない幹江。
でも、本当は人一倍、感情の動きの激しい幹江。
そんな幹江と、猪突猛進型の私は、きっとお似合いだって。
幹江と私をくっつけたいって、最初からあなたは、そう思ってたんでしょう?
 
幹江は今でもよく言うの。どうしてヘレナを引き受けたんだろうって。
あれで私の一生が変わったんだって。私と同じセリフ。
幹江も、あなたに言われたんだって言ってた。ヘレナは結局、ディミートリアスと結ばれる。
でも、劇のクライマックスは、薬の効いたディミートリアスと、ライサンダーと、
二人が一緒になって、ヘレナを口説くところ。
多分、このお芝居の中で、一番おいしい役だよねって。
バスケ部のアイドル二人に束になって口説かれるんだよって。
断る理由なんか、ないよねって。
そう言いながら、いたずらっぽく微笑んだあなたに、幹江は逆らえなかったって。
 
ライサンダー:俺には分別というものがなかったのだ。あの女に愛を誓ったころには。
ヘレナ:いいえ、今だってありはしない、そうしてあの人を捨てようとしているあなたには。
ライサンダー:ディミートリアスがあの女を愛している。あれはあなたを愛してはいない。
ディミートリアス:おお、ヘレナ、女神、森の精、全き物、聖なるもの!その眼を何にたとえよう?水晶もまだ濁っている。おお、その唇、熟れきって、互いに肌を触れ合う二つのさくらんぼう、いかにも人の心を誘うような!
ヘレナ:ああ、くやしい!我慢が出来ない!わかりました、二人ともぐるになって、あたしをいいなぐさめものにしようというのね。

 
あの日のこと、忘れない。
あなたも忘れてないよね。
あの日、幹江が言ったんだ。
ちょっと、二人のセリフ、練習してみないって。
二人だけでって言われた時、なんだか心に引っかかったんだよ。
幹江に後から聞いたけど、彼女も、なんだか少しだけ、予感みたいなものがあったみたい。
幹江はもともと思ってたんだ。椎名のことが好きになっても仕方ない。
椎名はほんとにいい奴だけど、ほんとに素敵な奴だけど、やっぱりノンケだし、
彼氏もいるし、どう考えたって無理だ。
でも好きで好きで、どうしようもない。
その気持ち、誰に伝えればいいんだろうって、そう思った時に、
ふっと、私の顔が浮かんだんだって。
ヘレナの熱い恋のセリフを私にぶつけながら、
その同じセリフと、椎名への思いを重ねながら、
この気持ち、誰と分かち合えばいいんだろうって、
そう思った時、ふっと浮かんだのが、私の顔だったんだって。
  
部活の後、私たちは、理科実験室の倉庫に、二人で行った。
更紗と、お互いの体をむさぼりあった場所からは、
一番離れた場所。
ホルマリン漬けの深海魚の標本とかの並んでる場所。
まぁ、色気のない場所だよね。
幹江は怖かったんだって、後から言った。
あんまり色っぽい場所を選ぶと、ちょっとヤバいことになるかもって。
幹江も分かってた。
全てあなたの思惑通り。
このお芝居の練習を始めてから、
幹江の中に、私の存在が、なんだかひっかかり始めていたんだ。
 
ビーカーだの、メスシリンダーだのが行儀よく並んでいる棚。
その棚のガラスの上に、窓から斜めに差し込んだ夕焼けの茜色が、
鮮やかに輝いていた。
幹江は丸椅子に座って、膝の上に台本を広げて、
ヘレナのセリフをたどっていた。
私は立って、台本なしで、自分のセリフをしゃべっていた。
つっかえるところは、幹江がプロンプしてくれる、そういう役割分担。
幹江はセリフがしっかり入っていたからね。
でも、気持ちが入らないんだって、言ってた。
私は逆で、なかなかセリフが入らない。
だから、そういう役割分担。
 
ディミートリアス:僕が君の気をひいたと?何かうまいことでも言ったと言うのか?それどころか、はっきり言っているじゃないか、愛してもいないし、愛することもできないと?
ヘレナ:そう、だから一層好きになるの。ディミートリアス、蹴って頂戴、ぶって頂戴、知らん顔をしようと、忘れてしまおうと構わない。ただ、許していただきたいの、何の値打もない女だけど、せめておそばにだけは居させて。
ディミートリアス:君を心底嫌いになるようなことを言わないでくれ。正直な話、君がそばにいると、たまらなくなるのだ。
ヘレナ:あたしは、あなたがそばにいないと、居ても立ってもいられなくなるの。

 
幹江は、少し視線を伏せて、膝の上の台本の、自分のセリフを追っていた。
伝えても伝えても届かない思い。
私はもうその頃には気づいていた。
幹江と一緒に過ごす時間の中で、
幹江が椎名に向けている、熱い視線に。
ヘレナを必死に演じる幹江に、冷たいセリフをぶつけながら、
私、どこかで、混乱してた。
私のセリフは、ディミートリアスのセリフ。
ぶつけられる思いを拒むセリフ。
でも、このセリフって、誰のセリフ?
幹江の思いを受け止められない、椎名のセリフ?
私の思いを受け止めているようで、どこかで越えられない壁がある、更紗のセリフ?
幹江のセリフを受け止めてはいけないって、
それは更紗への裏切りだって、
自分を抑えている、私自身のセリフ?
 
ヘレナ:仕合せが、人によって、どうしてこうも違うのでしょう!アセンズ中であの人に劣らぬ器量よしと思われていたあたし、でも、それがなんだというのでしょう?ディミートリアスはそうはおもってくれないのだもの。そう、あの人がハーミアの目に惹かれて迷っているのと同じ、あたしはあの人のいいところにばかり憧れているのかもしれない・・・どんないやしい邪なものでも、もともとはっきりした形がないのだもの、恋する者はそれに立派な形を与えてしまうのだわ。恋すれば、誰も目では見ない、心で見るの。だから、翼をもったキュービッドは、いつもめくらに描かれている。それに、あの恋の神様にはちっとも分別がない。だって、始終、見当違いな見立てばかりしているのだもの。
 
気がつくと、幹江が泣いていた。
膝の上に広げた台本の上に肘をついて、
背中を丸めて、小さくなっていた。
肩がふるえていた。
夕焼けの名残の真っ赤な光が、その肩の上でゆらゆら揺れていた。
私は近付いて、その光を掌に受けた。
その掌を、幹江の肩に乗せた。
幹江の肩の丸みが、私の掌の中にすっぽり収まった。
ああって思った。
ああ、ここに、私の手の中に納まる肩があったんだって。
今までどうして気付かなかったろうって。
こんなにしっくりと、こんなに私の掌になじむ、
こんなに丸い柔らかな肩が、ここにあったのにって。
 
私はそのまましゃがみこみ、幹江のうつむいた顔を、
水の中から、水面に向かって浮かび上がるような感じで、見上げた。
幹江の濡れた目を覗きこんで、
欲しいって思った。
その思いのままに、
水面に顔を出して、息継ぎをするみたいな感じで、
私は、幹江の唇に、キスをした。
柔らかな幹江の唇が、私の唇から離れた時、
大きな大きなため息が漏れた。
やっと息ができた、そんな気がした。
 
なんなの?って、幹江は言った。今の何?って。
なんだろうね?って、私は言った。幹江を下から見上げながら。一体なんだろうね?って。
言いながら、もう一回キスをした。今度は結構長いキス。
ちゃんとお互いの唇のぬくもりと、柔らかさと、
その奥にある、お互いの舌の熱さをじっくり絡み合わせる、長い長いキス。
その時、私は悟ってしまったんだ。ああ、とうとう出会えた、私の永遠の恋人に、やっと出会えたんだって。
 
二人のことは内緒にしようって、少なくとも学園祭が終わるまでは。
もしできれば、二人が卒業するまで、絶対秘密にしようって、二人で決めた。
プライドの高い更紗を傷つけたくないっていうのも本当。
でも、私たちはすでに、もう決して離れられないと分かっていた。
二人のこれからの生き方自体が、もう引き返せないくらい、世間の常識から外れた道に向かっていることに、気が付いていた。
だから、私たちは、自分たちのことを、みんなには秘密にしようって、あの時決めた。
 
でも、あなたは知っていた。
あの理科実験室での出来事も、あなた、ひょっとして、どこかで隠れて見ていたのじゃないの?
自分の書いたシナリオが、想像以上にうまくいったことに驚きながら。
そしてそれ以上に、私と体を重ねる幹江に激しく嫉妬しながら。
今なら分かる。
あなたは、いつも、私を見ていた。
あなたは、いつも、私を追いかけていた。
うぬぼれじゃない。今なら分かる。
あなたの私への愛が、更紗への嫉妬が、更紗と私を引き離そうとしたたくらみが、思わぬ結果を生んだこと。
 
劇はうまくいったし、私は結局、高校を卒業するまで、更紗の恋人役を演じ続けた。
更紗はああ見えてちょっと鈍い子だから、結局最後まで気付かなかった。
自分を愛して、自分だけを見てる子だったから、私の本当の心なんか、多分どうでもよかったんだね。
私が更紗を好きだっていう、その言葉だけで満足していたんだ。
その言葉に、心がこもっているかどうかなんて、更紗にはどうでもよかった。
バスケ部の人気者の私を、自分のものにしているって、そのことだけで満足してたんだ。
 
高校を卒業してからすぐ、更紗とは切れた。
更紗は普通の恋愛をして、普通に結婚して、今は2人の子持ちだって聞いてる。
幹江とは、東京の、違う大学に進学して、下宿代を浮かせるっていう名目で、一緒に住むことにした。
結局今でも、私たちは一緒に住んでる。
お互いの両親にも紹介して、色々修羅場もあったけど、
もう二度と離れられない、一生のパートナーだ。
 
だから、今の私たちがあるのは、あなたのおかげ。
あなたが、私の耳元でささやいた、あの一言が、
私たちの一生の方向を決めた。
あなたは今でも一人なの?
そりゃそうだよ。そうに決まってる。
だってあなたは、人を本当に愛することができない。
本当は人一倍、人の愛に飢えているのに、
人を愛することができない。人を、自分の掌の上のビー玉としてしか見ることができない。
誰もがあなたの思惑通りに動く。あなたが、あなたを愛してほしい、と思えば、人はあなたを愛してくれる。
私が、あなたの思惑通りに、幹江を愛してしまったように。
でも、あなたが人を愛することは、決してない。
それでいいのよ。そういう人も世の中にはいるの。
多分、あの時、あなた自身も、気付いたはずよ。
あなたの思った通りに、私が幹江と結ばれた時。
あなたは、空の高みから、人間みんなを見下ろしている。
人間の全てが、あなたの思い通りに動く。
あなたはそれを笑っている。
心の中で、人を愛することへの飢えに苦しみながら、笑い続けている。
それがあなたなの。
 
だから、私はあなたを愛さない。
それを許してほしいとも思わない。
あなたが私を愛していながら、私をずっと見つめていながら、
私の心を弄んだ、そのことへの罰を、あなたは今受けているのよ。
さようなら。多分、もう会うことはないでしょうね。
女は気まぐれ。女は残酷。そして、女は本当に愚かな生き物。
そう、人間なんて全て、こうしたものなのよ。
 
(了)