ダニロと小源太と忍者のお話

 かなちゃんはアメリカに行くことになりました。
 パパのお仕事の関係で、ニュージャージーという所に住むのです。
 調布のおうちで、かなちゃんと一緒に住んでいる、たくさんのぬいぐるみのお友達もみんな、ニュージャージにお引越しです。
 中でも、かなちゃんの大親友の、クマのダニロと、パンダの小源太は、飛行機に乗って、かなちゃんと一緒に旅のお供をすることになりました。
 「空港で変な扉を覗きに行って、そのまま迷子になっちゃだめだよ」と、別の荷物で送られることになったペンギンのペンちゃんが言いました。
 「そっちこそ、貨物室の中では大人しくしてないとだめだぞ」と、ダニロが言い返します。
 でも、ダニロも小源太もちょっぴり心配です。
 ダニロも小源太も、飛行機に乗るのは初めて。
 それに何より、ニュージャージー、ってどこなんでしょう。
 かなちゃんはニコニコしながら、「地球の裏側だよ」と言っていました。
 地球の裏側って、どれくらい遠いんでしょう。
 ダニロは、かなちゃんの家族旅行にお付き合いしたことがあります。
 あの時は、とても長い時間、車に乗って行きました。
 富士山のすそ野まで行ったんです。
 きっと、富士山に行くより遠いんだろうなぁ。
 「そりゃ遠いよ、富士山は調布からだって見えるけど、ニュージャージは見えないもん」と、小源太が言いました。
 「じゃあ、きっと時間がかかるねぇ。富士山に行くのの倍くらいかかるねぇ」と、ダニロが心配そうに言いました。
 「大丈夫だよ、飛行機は、車よりもずっと早く飛ぶんだよ。」と、ペンちゃんが言いました。「きっと富士山に行くのと同じくらいの時間で着いちゃうよ。」
 ペンちゃんはそうは言いましたけど、なんだか自信なさそうです。
 「大丈夫だよ」と、小源太は胸を張りました。「なんていっても、アメリカには、忍者がいないからね。」
 「それはそうだよね、忍者は日本のものだから」と、ダニロがうなずきました。
 「忍者?」とペンちゃんは言いました。「なんで忍者が出てくるの?」
 「あれ、話したことなかったっけ?」小源太が言いました。「僕たち二人が、かなちゃんの家に来る前のことだよ。」と、小源太は話し始めました。
 
 僕が生まれたばっかりの時、お店のご主人が僕を見て、最初に言った言葉と言えば、「パンダってのは、鼻の頭が黒くって、なんだか焦げたみたいだよなぁ」っていう一言だった。それで、僕はそれ以来、ずっとコゲタって呼ばれてた。僕はその名前が嫌いでね。ずっと別の名前にあこがれていた。お店が夜になって、僕らぬいぐるみが動けるようになる時間、僕はこっそり店を出て、自分にもっとふさわしい名前がないか、街の中を歩き回った。いろんなおうちの色んなぬいぐるみたちに、君の名前はって、聞いてみた。中にはパンダのぬいぐるみもいたけれど、大抵の子は、「タンタン」とか、「ポンポン」とか、パンダっぽい名前の子ばっかりで、コゲタ、なんて間抜けな名前の子はいなかった。僕は自分にふさわしい名前を探して、夜な夜な街をさまよっていた。
 そしてある時あるおもちゃ屋で、ダニロに会った。その頃ダニロは、お店の店番のお兄さんの話相手になっていた。髪を金色に染めたお兄さんは、とっても優しい人だったけど、ちょっと言葉づかいが乱暴で、ダニロはいっつも、「だろー、だろー」って呼ばれてた。そのうちお兄さんは、それが呼びかけの挨拶なのか、ダニロの名前なのか分からなくなって、ダニロのことを、ダロって呼ぶようになってた。
 僕は自分の名前が気に入らないんだ、ってダニロ、その頃は、ダロって呼ばれてたクマに向かって言った。ダロも、深々とうなずいた。僕もだよ。僕にはきっと、もっといい名前があるはずだ。二人して、それを探しに行こう。
 そうして僕らは、夜の街をさまよった。僕らにふさわしい名前がどこかにあるはずだ。色んなおうちの色んなクマや、色んなパンダに尋ねてみた。でも、なかなか素敵な名前は見当たらない。
 そうして二人で歩いていたある夜、僕らがあるお家の中に入っていくと、そのお家に、忍者が忍び込んでいた。天井裏にこっそり隠れて、お家の人の様子をうかがっていた。忍者は夜のお仕事だから、時々僕らの仲間がうろうろ歩いているのに出会うことがあって、その時もそんなに驚かなかったらしいけど、僕らがそのお家のクマに自己紹介をしているのを聴いているうちに、なんだか我慢ができなくなったらしい。
 「僕はパンダのコゲタです」「僕はクマのダロです」「僕らにもっといい名前をつけてくれませんか?」
 忍者は天井裏で思わず噴き出してしまって、僕らに見つかってしまった。忍者はバツの悪そうな顔をして、天井裏から降りてきた。夜、人に見つかって困るのは、動いているぬいぐるみだけじゃなくて、天井裏の忍者だって同じだ。
 「このうちの人には内緒だぞ」と、忍者は僕らに言った。
 「内緒にする代わりに、僕らにいい名前をつけてください。」僕らは言った。
 「名前と言うのはそんなに簡単に変えられるものじゃないからなぁ」と、忍者は言った。「結構覚悟が必要なんだ。名前で人の性格とか、様子まで変わってしまうものだからなぁ。」
 「だからこそ、僕らはこの名前がいやなんです」僕もダロも必死に言った。「コゲタ、とか、ダロ、とか、なんだか中途半端です。まともなぬいぐるみの名前じゃありません。もっと何かしら、ちゃんとした名前があるはずなんです。」
 「でもお前さんたちは、まだお店にいるんだから、飼い主さんが別の名前を付けてくれるだろう」忍者は言った。
 「でもお店のご主人が、すっかり僕らを、コゲタとダロ、だと思ってるんです。飼い主さんに渡すときにも、きっとその名前で渡されるに違いありません。」ダロはほとんど涙ながらに訴えた。夜の街で相談できるのはぬいぐるみばかりだったから、人間の忍者さんに相談できるのは僕らにとっても天の救いだと思えたんだ。
 「しょうがない。じゃあ、こうしよう」と、忍者は言った。「名前を変えるのは大変なことだが、名前の一部を入れ替えることはできる。俺の名前の一部をあげよう。俺のニンジャのニを、君にあげるよ。あと、ニンジャのンを、君に」
 そう言い終わらないうちに、その忍者の体はシュルシュルっと小さくなって、シュルシュルっと細くなって、ニョロニョロ動くヘビになってしまった。ヘビは恨めしそうに僕らを見上げると、「しまった、だから名前は大事だって言ったのに。他の忍者に知らせなきゃ」と言いながら、ニョロニョロとそのお家を出ていってしまった。
 
 「なんで、忍者はヘビになっちゃったの?」とペンちゃんが言いました。
 「忍者は自分の名前のニを僕にくれたんだ」と、ダニロは言いました。「おかげで、僕はダロ、から、ダニロになれた。ンをもらったコゲタは、小源太になれた。でも、忍者に残ったのは、ジャ、だけだった。蛇と書いてジャと読むだろう?それで忍者は蛇になっちゃったんだ。」
 「だからダニロも僕も、忍者の仕返しが怖くて、夜になってもこのお家の外には出ないんだ」小源太が言いました。「でもアメリカには忍者はいないからね。僕らも久しぶりに、夜歩きができるってわけさ。」
 
 「かなちゃん」とパパが新聞を見ながらかなちゃんを呼びました。「明日、マンハッタンのセントラルパークで、ジャパン・デーってのがあるんだって。日本文化の色んな紹介イベントがあるらしいよ。行ってみる?」
 「面白そうだね」とかなちゃんは言いました。「小源太とダニロも連れて行こうかな」
 「忍者ショーとか、あるらしいよ。」とパパは言いました。
 かなちゃんの部屋で、誰かが小さく叫ぶ声が聞こえた気がしました。「今の何?」パパが言いました。
 パパとかなちゃんは顔を見合わせて、しばらく耳をすませていましたが、もう何も聞こえません。きっと空耳だったんだね、と、二人は、明日のセントラルパーク行きの相談の続きを始めました。

(おしまい)