水のいのち その2

 降りしきれ雨よ 降りしきれ
 全て許し合うものの上に
 また許しあえぬものの上に
 ~高田三郎作曲 高野喜久雄作詞「水のいのち」より~

 
 この漢字は、なんて読みますか?
 さんしょう、ですか。たたえる?あ、ほめることね。なるほど。大地讃頌。大地を誉める、ってことね。へぇ。
 僕はこっち育ちです。だから、漢字が難しい。ひらがなとカタカナは大丈夫。こっちでね、子供のころ、補習校に通ってたから。けど、途中でやめちゃった。親とけんかしたね。なんで僕だけ、他の子供と違うことをしなきゃいけないのかって。Fairじゃないって。泣いてね。もったいないことしました。
 
 今、日本で仕事しながら、日本語勉強してる。変ね。でも、日本でも、しんどいよ。日本人の顔してるから、みんな普通に日本語で話しかけてくるけど、こっちの日本語がちょっと変でしょ。みんなびっくりする。そんなに変じゃない?勉強したから。昔は大嫌いだったのに、今は日本に住んで、日本語大好き。変だね。
 
 お母さんとずいぶんケンカしました。お母さんは僕に日本語を勉強して欲しかったから。日本語の宿題破って捨てたりした。悪い子だったね。
 
 さっきのはケンカじゃないね。分かってます。でも、あなたのママ、泣いてたよ。大丈夫?
 
 今はトイレに行ってる?はい。
 
 僕、うるさいですか?
 
 日本人はね、知らん顔するのが礼儀だよね。アメリカ人はね、知らない人でもにっこりするのが礼儀だから。日本に住んでて、戸惑うことあります。うるさかったら、言って下さいね。
 
 日本のどこから来ましたか?神戸?さっき、お母さんが持ってたの、お酒ですよね。お酒屋さんですか?日本酒って、美味しいよね。さっぱりしたワインみたいな感じ。大好きです。
 
 僕?今はね、東北に住んでる。大船渡って知ってる?知らないよね。岩手県の三陸海岸です。そこの水産加工会社。大学で生物学勉強してね。魚が専門。それが縁で、今の会社で働いてる。小さな会社でね。雰囲気いいよ。
 
 え、やっぱりアクセント変ですか?東北弁入ってます?そうか。でもあなたの言葉もちょっとアクセント変。関西弁ね。日本にいたら絶対会わない人たちが、日本全国から集まって、ニューヨークで会ってますね。ははは。
 
 三陸の魚は美味しいよ。東京あたりの高級なカキとかね、大抵三陸から来てる。神戸あたりでカキっていえば、広島でしょう。広島のカキは小粒で味が濃いよね。三陸のカキは大粒。すごく立派だよ。
 
 大船渡にもね、美味しい日本酒がある。酔仙っていってね。昔の酒蔵を見たことがあるよ。立派な酒蔵。今は内装を変えて、ギャラリーになってる。コンサートとか、絵の展覧会とかやってます。昔の酒蔵をそうやって利用するのって、他の街にもあるんだってね。古い建物で、とっても雰囲気がいいよ。神戸にも、そういう場所があるかもしれないね。
 
 誰か、演奏会に出るんですか?あ、お祖父さんが。すごいねぇ、あの指揮の先生が、お祖父さんなの。へぇ。
 
 僕はね、お母さんが出演者。それで来ました。東北からわざわざね。東北から東京に出てくるのと、東京からニューヨークに来るのと、あんまり時間変わらないですよ。新幹線の駅まで、大船渡から出てくるのが大変なんです。そこから東京に出て、成田に行って、それだけで、一日がかり。
 
 お母さんに会うの、久しぶりです。
 
 前半、どの曲がよかったですか?怪獣の歌とか、楽しかったね。
 
 僕はね、「小さな空」が好き。きれいな曲ですよね。
 
 神戸、大きな地震ありましたよね。大丈夫だった?
 
 そう、大変でしたねぇ。酒屋さんだもんねぇ。割れたビンとか、大変だったでしょう。
 
 大船渡もね、最近ちょっと大きな地震がありました。震度5くらいの。びっくりしたね。西海岸にも地震はありますけど、日本ほど多くない。
 
 大船渡の人はね、地震が来ても落ち着いてる。慣れてるんだって、笑ってました。津波だけが怖いって。津波は地震がなくても来るからって。昔ね、チリで大きな地震があった時、太平洋を越えて津波が来たそうです。僕の会社の社長さんが子供の頃ね。街がずいぶん流されたそうです。津波、怖いですよね。
 
 さっき言った酒蔵のギャラリーもね、その地震で少し壊れたです。しばらく閉鎖しててね。今年の夏に再開して、最初に、合唱団のコンサートやったです。そこでね、「水のいのち」をやったの。
 
 最初の歌でね、感動した。
 
 降りしきれ雨よ
 降りしきれ
 全て許し合うものの上に
 また許しあえぬものの上に

 
 喧嘩した時のね、お母さんの顔思い出してね。泣いちゃった。
 
 社長さんにね、その話したらね、言われたです。親は大事にしろって。社長さんね、子供の頃のチリ地震の津波で、お母さん亡くしたそうです。今でも時々、その時のこと夢に見るよって。
 
 泥に汚れた、古い写真見せてくれたです。
 津波で流された家の傍に、落ちてたそうです。お母さんの写真。
 写真だけ残して、お母さん、海に流されたんだって。
 写真になって、帰ってきたって。
 
 だから、お母さん大事にしろって、言われました。
 
 ええ、いい社長さんです。もう家族みたいね。日本の、お父さんお母さん。僕には、二つの国に親がいる。どっちも大事にします。
 
 これ、ちょっと食べません?うちの会社で作ったの。かまぼこね。美味しいよ。本場だから。
 お母さんに食べさせてあげたいって思って、持ってきました。
 
 これ食べてもらってね、お母さんに、
 「美味しいね」って、一言、言ってもらえたら、
 僕、すごくうれしいと思うんです。そう思って、持ってきました。
 
 美味しい?よかった。きっとあなたのお酒にも合うね。
 そろそろ休憩終わりますね。
 あ、あなたのお母さん、戻ってきました。

(了)